中国の公事

ところで上帝様の公事は朝鮮だけに限られたものではない。上帝様は朝鮮でお生まれになったが、この地球上に生存する全人類の為に来られた方である。
今日、この西宮道場が開創されたのを記念して、中国公事の話も付け加えることにしよう。現在、中国の公式的な人口は12億である。上帝様は中国の公事をしようと思ったが、中国まで行くのは遠すぎる。忠清北道の報恩にある宋時烈が建てた万東廟に行けば、中国に行かなくとも中国の公事が出来る。
万東廟という祠は、中国、明の毅宗皇帝と神宗皇帝を祀って法要を行った所である。そのように中国の皇帝を祀り、「大明朝鮮」と書いて、明は大国で朝鮮は小国である、と自ら言った。今でも朝鮮を回ってみると、大きな廟のような所にそう書いてあるのを見る。朝鮮が明の属国になってしまった。 宋時烈は親中派である。その万東廟には中国の気運が付いているため、万東廟に行けば中国公事が出来るが、そこも遠いということで、上帝様は銅谷から約2キロほど離れた清道院という所に行き、その地名に中国気運を応じさせて中国公事を行われた。
ところで、上帝様は一度たりとも独裁的に公事を行われたことがない。上帝様は「死んだハエの鬼神の恨みが付いただけでも、天地公事にはならないのである」と話された。上帝様は同じ時代を生きた神明たちの公議をもって大小様々な事を処理されたのである。上帝様が神明たちの公議を聞いてみたところ、その結論が「清国はアラサに付けるしかない」ということだった。アラサに付けるとはどういうことか? アラサとはソ連、つまり今のロシアのことである。アラサは唯物論の国家であり、共産主義の宗主国である。上帝様は清国をアラサに付けて共産国にさせた。それで中国は毛沢東以後、今に至るまで共産世界である。言わずと知れた事だが、中国は表面的には宗教活動の自由を保障しているが、実際は許していない。
歴史的側面から中国を見てみよう。数千年の間、中国は「南蛮北狄」と言い、北京と南京を基準にして、それより南に住む者は蛮(虫けらのような者だという意味)という字をつけて、またそれより北に住む者は狄(えびす、獣のような者だいう意味)という字を付けて呼んできた。即ち、自分の国土の外に住む者はすべて虫けらや獣のような人種だということだ。また、東と西に住む者を東夷、西戎と言って、人食い人種だと人間以下の扱いをした。中国の文化がそのようになっている。数千年間異民族を侮ってきたのだ。しかし、地球上には自分たちだけが住んでいるわけではない。中国の歴史を見ると、自分たちの国を自分たちが統治した時代がほとんどなかった。たとえば清国の皇帝は満洲族である。満州族が中国を乗っ取ったのである。その前の明の皇帝は朝鮮族であり、元を建てたジンギスカンは蒙古族である。歴史を語り尽くすことはできないが、中国という国は自分たちの国や民族さえも統治できなかった国である。それなのに他の民族を踏みにじり、虫けらだとか、獣にも及ばないとか、人食い人種だとか言って、数千年間見下してきた。この話を全部しようと思えば十日あっても足りない。上帝様が人間の種を取り入れるためにこの世にいらしたというのに、上帝様の文化を受け入れようともしない。それで「中国はアラサに付けるしかない」と言われ、「中国民族は悪い事をあまりに多くしてきたので、後天の世界には入れない」とされたのである。